呼吸を整える

 
別項で述べましたように、自律神経系は意志ではコントロールできない「植物神経」と考えられていました。しかし、伝統的健康法は、意志の力で本来コントロールし難いものをコントロールするテクニックを用いてきました。それは簡単ではないので「行」と呼ばれ、厳しい訓練を必要とされることもあります。


 ヨガ、座禅、あるいは気功など、東洋的な方法論は自律訓練そのものと言ってもよいでしょう。それらを西洋式に翻訳して開発されたものが自律訓練法といえます。

 それらの方法に共通しているのはなんでしょう。それは「呼吸」です。「長生き」とは「長息」であるといわれるくらい、呼吸こそ健康法の中心を成すものです。それはなぜでしょう。

 西洋医学では呼吸は、酸素を取り入れ肺循環を介して酸素と二酸化炭素を交換するものとされています。しかし、東洋的な発想は、それにとどまりません。呼吸を介して宇宙とつながるとか、西洋的な考えでは存在しないようなエネルギー交換をしていると言われています。いうなれば、それほど呼吸は大切でるということです。

 西洋医学的な発想でも、呼吸は特殊な役割を演じています。「自律神経について」で述べたように、意識していなくても、寝ていても、呼吸は心臓と同じように(他の臓器もそうですが)死ぬまで止まることはありません(言うまでもないですね)。しかし、「運動して息が切れたので呼吸を整えた」、「疲れ取るために背伸びして深呼吸した」、「気が滅入ってため息をついた」というように要所要所で、人は意識的に呼吸を調節しています。 「動悸がするので心臓をゆるめた」というのは卓越したヨガの行者だけで、普通は「動悸がするので深く長く息を吐く」とか「少し息をこらえてみる」とかしますでしょ。そうすると少しドキドキが治まります。これは、呼気時に副交感神経活動が高まるというメカニズムが作用しているわけです(医学的には、眼球を圧迫するとか、頸動脈を圧迫するとかして副交感神経反射を起こさせる方法もあります)。

 何が言いたいかというと、呼吸だけは他の内臓と違って、無意識にも意識的にも二重に制御されているということです。そして自律神経は一カ所に作用すれば、他の全てに連動して交感神経−副交感神経のバランスが変化します。つまり、呼吸こそ、意識ではコントロールできないとされてきた、自律神経系に影響を与える回路であるわけです。そのことを、古来、人類は経験的に理解し、呼吸をコントロールする健康法を開発してきたのでしょう。

 しつこくなりましたが、そういうわけで呼吸こそリラクセーションの、自律訓練法の基礎をなすものであることを理解してください。

筋肉をゆるめる

 そして、もう一つは、前述したように「背伸びをする」に代表されるように、筋肉をゆるめる行為です。これは理解しやすいでしょう。ストレッチはよく知られたリラックス法です。筋肉の緊張度と精神的ストレスの度合いは非常に深い関係があります。そえゆえ、筋肉を利用したリラックス法も多いです。

 自律訓練では「リラックスすると筋肉がゆるむ→筋肉をゆるめればリラックスする」という人体のメカニズムを利用します。それに主眼を置いたリラクゼーション法は「漸進的筋弛緩法」というものがあります(それは自律訓練と違ったメカニズムを利用しますが別項で説明します)。

 人間が自分の手足を重いと感じないのは、重力に逆らう緊張が常に適度に作用しているからです。それが強すぎると(不安や緊張状態で起こりやすいです)、余分な筋肉疲労を起こし、こりや痛みの原因になります。反対に疲れると、緊張が維持できず手足が重く感じますね。リラックスして、筋肉の緊張を意識的に解放してあげると、実は手足は重たいものです。それを自覚することで、逆に筋肉をリラックス状態にもっていけるというわけです。

皮膚温

 もう一つ、リラックス度と深い関係があるのが、末梢の皮膚温です。「あなたのリラックス度は?」とかいって何かにさわると色が変わって、リラックスの程度を評価するってのを見たことある人も多いでしょう。リラックスすると、末梢の血流がまして皮膚温が上がります。逆に緊張すると「青ざめる、寒気がする」という言葉があるように、末梢血管が収縮して皮膚温が下がります。

 自律訓練法では、その性質を利用し、「手足が温かい」という自己暗示をかけます。「リラックスすると手足が温かくなる→手足が温かくなればリラックスする」というわけです。

 上に記したもの全てに言えることですが、自律訓練法とは身体をつかって、心をリラックスさせる、身体から心へ働きかける方法なのです。これは、東洋的発想ではありふれた考え方ですが、それを西洋流に開発したものなのです。

 これらのメカニズムを理解しておくと、自律訓練法へのモチベーションが上がるだろうと思います。頭での理解と体験的理解が相乗効果を生み出せばベストだと私は思います。


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