そうは言っても、それでは身も蓋もない。西洋式科学教育に子どもの時からすっかり洗脳され続けてきたわれわれの世代には、それでは理解しがたいし、分かるまでただただ続けなさいというほど、のんきなことを言っていられないのが現状です。それに、必要な人ほど抽象的なやり方では理解できないというジレンマもあります。また、修行と治療の違いは、前者はすきな人が好きでやっていることですが、後者は好き嫌いは関係ないし、ご本人自身、「そんなややこしいことならしたくないです」となってしまうかもしれませんしね。

「それがいけないんだよ、そういう結果を急ぐ、答えを求める文明のありかたこそが、ストレス疾患の根源的問題なんだ」といってしまえばそれまでです。それでもそこんところを、もうちょっと理念と現実に折り合いをつけましょうというのが心身医学的発想というわけです。

しかしですよ、私自身がどうやって受動的集中とか変性意識状態というものを理解したかといいますと、疑いながらただ、型に従っていったら、ある時内側から理解できたという、まさに東洋的変化が起きたわけなので、説明しようとするのは矛盾した行為なのかもしれません。

それでも、何かのヒントになればと思って説明しますね。